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東京地方裁判所 昭和38年(行)95号 判決 1964年5月28日

原告 大西哲三 外一名

被告 東京都知事

参加人 小口欣一

主文

別紙物件目録第一ないし第三表示の土地の各一部合計約一八坪二合二勺(別紙図面アイウエオカアで囲む部分)につき、被告が昭和二九年一〇月五日指定番号第一二九二号をもつてした道路位置指定処分は右図面ケサコクケで囲む部分(別紙物件目録第一表示の土地のうち約七坪)を除くその余の部分については無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告大西は、別紙物件目録第一及び第二表示の土地を所有し原告高橋は同第三表示の土地を所有しているものであるが、参加人小口欣一は昭和二九年九月頃、右第一ないし第三表示の土地のうち別紙図面アイウエオカアで囲む部分約一八坪二合二勺につき、そのうち右図面ケサコクケで囲む部分約七坪(別紙目録第一表示の土地の一部)についてはこれを自己の所有として、その余の部分については各所有者である原告大西及び原告高橋よりこれを道路として使用することの承諾を受けたものとして被告に対し道路位置指定の申請をし、被告は、右申請に基づき昭和二九年一〇月五日指定番号第一二九二号をもつて道路位置指定処分をして同月二六日告示番号第九七一号をもつてその公告をした。

二、しかし、原告らは参加人小口の右申請を知らず、従つて、右申請を承諾したこともなく、申請書に付された承諾書の原告らの署名捺印は、参加人小口において勝手に原告らの署名及び印鑑を偽造して作成したものである。

三、道路位置指定処分により、土地所有者はその利用に制限を受けることになるから、右処分をする前に被告としては、原告らにつき承諾の有無を調査すべきであるのに、被告は前記承諾書を形式的に調べただけで原告らについて何らの調査をすることなく、しかも右承諾書中原告大西の名前が「鉄三」と誤つて記載されており、このことは土地登記簿、土地台帳その他東京都所管の税務事務所所在の書類によつて、容易に発見しうるはずであり従つて原告らが承諾書に署名捺印したものでないことは明らかであるのに、これを看過し、原告らの承諾があるものとしてなされた被告の本件道路位置指定処分には重大かつ明白な瑕疵があるから右処分は無効である。

四、よつて、原告らは本件道路位置指定処分が別紙図面ケサコクケで囲む部分約七坪を除くその余の部分につき無効であることの確認を求める。

(証拠省略)

被告指定代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因第一項の事実を認め、同第二項の事実を否認し、同第三項の事実中本件申請書に原告大西の名前が「鉄三」と誤つて記載されていることは認めるが、その余は争うと答弁し、仮りに、本件申請につき、原告らの承諾がなかつたとしても、本件申請書は、東京都建築基準法施行細則第八条(昭和三六年規則第一一六号による改正後の第一六条)に定める様式に添い、これに付された承諾書によれば、原告らの承諾があつたものと認められるのであるから、右の瑕疵の存在は、外観上明白とはいえず、本件処分は当然無効なものではないと述べた。

(証拠省略)

理由

被告が別紙物件目録第一ないし第三表示の土地のうち別紙図面アイウエオカアで囲む部分約一八坪二合二勺につき、参加人小口の申請に基づき、昭和二九年一〇月五日指定番号第一二九二号をもつて、道路位置指定処分をし、同月二六日告示番号第九七一号をもつてその公告をしたこと、原告大西が別紙物件目録第一及び第二表示の土地を所有し、原告高橋が同第三表示の土地を所有していることは、当事者間に争いがない。

原告らは、参加人小口の右申請について承諾したことがないと主張するところ、原告大西及び原告高橋の各本人尋問の結果によれば、原告らは、いずれも参加人小口の右申請を知らず、これについて承諾を与えたこともなく、申請書に付された原告らの承諾書(乙第一号証の三)の署名捺印は、原告らの全く関知するものでないことが認められ、証人小口欣一、同片山秀雄の各証言も右認定の妨げとなるものでなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。もつとも証人小口欣一の証言並びに原告大西及び原告高橋各本人尋問の結果によれば、原告大西は別紙物件目録第一の土地のうち別紙図面ケサコクケで囲む部分約七坪については従前から参加人小口所有の土地のためこれを通路として使用させることを約していたことは認められるが、原告大西所有のその余の部分及び原告高橋所有の部分についてはこれを道路として使用することを許容したことはなかつたものと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

行政処分が無効であるというためにはその処分が重大かつ明白な瑕疵を帯びる場合でなければならないと解すべきところ、道路位置指定処分によつて、土地所有者はその土地を自由に使用することができず、所有権の制限を受けることとなるわけであるから土地所有者がすでに指定申請者に対し道路として自己の所有地を使用させる義務を負担しているような場合は格別、申請者が指定目的地になんらの使用権原をもたない場合に土地所有者の承諾なしに道路位置の指定がなされたという瑕疵は重大な瑕疵に当るものと解すべきであつて、本件道路位置指定処分のうち、別紙図面ケサコクケで囲む部分を除くその余の部分につき重大な瑕疵のあることは明らかである。

問題は右瑕疵が明白なものといい得るかどうかであるが、行政処分の瑕疵が明白であるといううちには、行政庁が具体的場合にその職務の誠実な遂行として当然要求される程度の調査ないし手続を行なえば容易に判明すべきはずの事実関係に照らせば、処分庁が処分要件の存否につき明白な誤認をおかしていると認められるような場合、換言すれば行政庁がかような調査ないし手続を行なえば到底そのような誤認をおかさなかつたであろうと認められるような場合も含まれると解するのが相当である。そこでこの見地から調べてみると、証人片山秀雄の証言並びに原告大西及び原告高橋各本人尋問の結果によれば、本件道路位置指定申請書に付された承諾書の署名捺印については印鑑証明書その他右署名捺印が土地所有者の真意に出たことを証する何も添付されておらず、しかも承諾の有無の如きは、原告らに対し一言これを尋ねることによつて容易に確かめることができるのに、被告においては右承諾書の外は何らの調査もしなかつたこと、その上原告大西の名前が右承諾書に「鉄三」と誤つて記載されており、しかもこの誤りは登記簿謄本その他によつて明らかなところで、原告が「鉄三」という名前を使つたこともないことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、被告が本件処分をするに当り誠実な職務の遂行として当然行なうべき調査ないし手続を行なつておらず、これを行なえば土地所有者である原告らの承諾を欠くことは容易に判明したはずと認められるので、被告が問題の道路位置の指定につき原告らの承諾があつたものと誤認した瑕疵は明白な瑕疵に当るものと解さねばならない。

よつて、本件道路位置指定処分は別紙図面ケサコクケで囲む部分約七坪を除くその余の部分につき無効であるから、右無効確認を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別紙)

物件目録

第一 東京都文京区諏訪町一五番の二

一、宅地 七四坪三勺

第二 東京都文京区諏訪町一五番の三

一、宅地 二〇坪二合六勺

第三 東京都文京区諏訪町一四番の四

一、宅地 一九坪七合九勺

昭和27年当時図面<省略>

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